Junkoの部屋

Junkoの日記です。

多胎児だった

 「お母さん、転ばないでください。流産でもした暁には、紛争がおこります。戦争状態とも言います。」「異常分娩を禁止します。堕胎してもいけません。」

 そうやって私たちは生まれてきました。1970年代の生まれです。

 このころ、「転ばないでください」と聞かされた母体があったそうです。

私の引き離された兄弟は、1回目の出産で6人、2回目の出産で4人、3回目の出産で6人、4回目の出産で1人と言われていて、6人は東大法学部、2回目の出産で生まれた私は、実家にいとどまり、2人は東大医学部、1人は東北大医学部を卒業しました。3回目の出産で生まれた弟は1人帰還、私の前の前にいて、あとは東大医学部を卒業しました。4回目の出産で生まれた妹は、私の目の前にいて、高卒のままです。

 原因は、「見えない天井」です。「見えない天井が大切です。」というのは、新ロシア派の教義なのです。

 彼らは、「聖戦を仕掛けた罪」に問われています。まるで東京裁判みたいです。その超広告塔としてつるし上げてやれ、という魂胆のようです。

 

 何が問題かというと、実家にいとどまった私たちの最終学歴にありますが、結局は、実家を離れて苦労を強いたとしても、何もかもはく奪してやれと言わんばかりの見張り網を構築し、蜘蛛の糸にからめとれと言わんばかりの、悪趣味で気色悪いことを考えている親ロシア派がいて、フランス人権宣言違反だの、日本は人権侵害度パーフェクトだのと、国連人権理事会自由権社会権(社会的地位があるため)が動くほどの騒ぎになってしまっていることに慌てているのです。

 優性保護だの、日本語のレベルがおかしいだのと、とんでもない言いがかりをつけることが分かりましたので、たいへん驚かされました。